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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和50年(行ケ)3号 判決

原告 梅木参次郎 外二名

被告 福井県選挙管理委員会

参加人(選定当事者) 坂田三郎

主文

1  被告が、昭和五〇年四月二七日執行の敦賀市長選挙の効力に関する原告梅木参次郎の審査請求に対し昭和五〇年九月一三日になした裁決を取消す。

2  右選挙を無効とする。

3  訴訟費用は原告らと被告との間では被告の負担とし参加によつて生じた費用は参加人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

主文第1、2項同旨および訴訟費用は被告の負担とする旨の判決。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者双方の主張

一  請求原因

1  原告らは昭和五〇年四月二七日執行の敦賀市長選挙(以下本件選挙という)の際の選挙人であつた者であるが、原告梅木は同年五月八日敦賀市選挙管理委員会(以下市選管と略称する)に対し、本件選挙が無効である旨主張し異議申立をしたが、同委員会は同年五月二三日右申立を棄却したので右決定について同年六月七日被告に対し審査請求したところ、被告は同年九月一三日右審査請求を棄却する旨の裁決をなし、右裁決書は翌九月一四日原告梅木に交付された。

2  しかし、本件選挙には次のとおりの選挙の規定の違反事由があり、かつ本件選挙の当選者矢部智恵夫の得票は一万七二五三票であり、次点者高木孝一の得票数は一万六九四六票であつてその差は僅か三〇七票にすぎないことに照らし右違反は選挙の結果に異動を及ぼす虞があるから、本件選挙は無効である。

(一) 不在者投票手続について

本件選挙における不在者投票者は合計一〇八〇名であつたが、

(1) そのうち六九二名が投票した敦賀市役所内に設置された不在者投票所においては選挙事務従事者である同市選管の書記が不在者投票立会人をつとめたが、立会人は不在者投票が自由かつ公正に行なわれるよう監視し、保障する職責を有するものであるから、その性質上選挙事務従事者をこれにあてるのは違法である。

(2) また一一五名が投票した国立療養所敦賀病院に設置された不在者投票所においても公職選挙法施行令(以下施行令という)第五六条二項に定める不在者投票立会人がおかれなかつた。

(3) すべての不在者投票所において不在者投票管理者は施行令第六〇条一項に規定された投票用封筒裏面への必要事項の記載及び記名をせず、かつ投票立会人に署名をさせず、さらに投票用封筒を封入した外封筒にも必要事項の記載及び記名押印をしなかつた。

また、敦賀市役所内の不在者投票所においては現実に立会つていない立会人が不在者投票用封筒に署名をした。

(4) すべての投票所において投票管理者は送致された不在者投票が受理することができるものであるかどうかについて投票立会人の意見を聞いておらず、かつ不在者投票用封筒に法定の記載要件を欠いている不在者投票を受理した。

(5) 投票済不在者投票が封入された不在者投票用封筒は各投票区ごとに開封されたままの大封筒に入れるか、ゴムバンドでまとめるかした程度で個室である敦賀市役所総務部長室内のロツカー内に保管されていて不正行為が介入する余地が充分にあつた。

また、投票済不在者投票の封入された不在者投票用封筒は投票日の前日に各投票区の投票管理者に送致されたものであるが、敦賀市役所の課長クラスであるそれら投票管理者はこれを市役所内で各自保管するか自宅へ持帰つて保管するなどずさんな扱い方をしており、同投票管理者のほとんどが現職市長である矢部智恵夫候補の部下であり、その支持者であつたことからみて、同投票管理者が不在者投票を保管中に同候補に有利になるような不正を行なつた疑がもたれる。

(二) 投票に関する書類の保管について

市選管は市長の任期間保存すべき投票に関する書類のうち未使用投票用紙および使用済不在者投票用封筒を焼却して廃棄した。

しかも未使用投票用紙の残枚数は焼却前に確認されていない。

使用済不在者投票用封筒の保存については、これが不在者投票に関するものだけにさらに厳重に保存されるべきである。つまり、公職選挙法のたてまえは選挙人は選挙の当日自ら投票所に行き、投票用紙の交付を受け、自ら候補者氏名を記載して投票するのが原則であり、法第四九条の不在者投票は選挙人の選挙権行使を全からしめるためのやむを得ない制度として右の原則の例外として定められたものであり、かかる不在者投票制度がずさんに運用されれば選挙の自由、公正を害する結果ともなるから、右不在者投票制度に対する法の規制は特に厳重であり、厳正、適正な運用が要請されるものである。したがつて不在者投票用封筒が厳正に保存されることによつて、適式に不在者投票立会人の立会があつたか、また不在者投票及び投票管理者が施行令各所定の適式な手続を履践したか、さらには不在者投票制度を利用して不正介入がなかつたか等の事実を選挙人に証明できるのであり、右保存された書類(封筒)だけが、公の証明手段となり得るのである。

そうでなければ何等事務手続に関与しない選挙人において、後刻異議等の不服申立をなした場合、選管側の別の方法による立証に対し全く反証の方法が奪われることになるからである。そうだとすれば、市選管が未使用投票用紙及び不在者投票用封筒等の書類を焼却処分した一事をもつて、不在者投票手続が適正になされず、またそこに不正が介入したことが推認されるのであつて、それは選挙の結果に異動を及ぼすことが明らかであるから、本件選挙を無効とすべきである。

かりに、右のごとき投票に関する書類の廃棄の事実のみでは選挙の無効事由とならないとしても前記(一)(5)、後記(三)ないし(五)の事実および次の事実関係と合わせ考えると選挙の結果に異動を及ぼす虞が充分にある。

(1) 廃棄処分の時期及び市選管の悪意

被告は市選管の前記投票に関する書類の焼却による廃棄処分は従来よりの慣例によるものであり、何ら不正はないという。

しかしながら少なくとも選挙後一四日間の異議申立期間経過後において異議申出のないことを確認してからかかる処分をしたのならまだしも、選挙後三日目(四月三〇日)にこれらを廃棄したことは、選挙事務従事者の単なる過失にとどまらず、悪質な違法行為というべきである。

すなわち、本件選挙は、敦賀市長選挙史上例のない激戦の結果、現職の矢部智恵夫候補が次点者の高木孝一候補に三〇七票の僅少差で辛くも当選したものであるだけに、市選管においても異議申出のあることは十分予想していたのであり、しかも投票の行われる二、三日前に、高木候補の開票立会人から市選管に対し開票方法についての意見申出がなされた際に、開票の結果が僅少差の場合は異議申立もあり得る旨聞かされていたのである。

さらに後記のとおり、開票当日発見された一九票の過剰投票を白票の無効投票によりこれをごまかした事実は、これをなした市選管自らが熟知していたのであるから、その疑点を調査するうえにおいても、従来の慣例の有無にかかわらず、特に投票に関する書類の保管の必要性を痛感していたはずである。

しかるに選挙後三日目にこれを焼却処分したことは投票手続においてなされた不正を選挙人に隠ぺいするため故意になされたものとしか考えられない。(このことは前記一九票の過剰投票の処理についても、本件訴訟中にその事実が発覚するまでは、市選管はひたすらこれを隠ぺいしてきていたものであることと対比すれば十分理解できることである。)

そして市選管は、廃棄処分の責任をひたすら浜詰書記に集中させているのであるが、右廃棄処分が、当選した矢部市長が初登庁した四月三〇日の午後に急ぎなされたこととあわせ考えると、とうてい浜詰書記の計画のもとになされたものとは考えられないのである。

そして仮に焼却廃棄がこれまでの慣例だとしても、従前の市選管書記長経験者の証言にもあるとおり、従前は少なくとも異議申立期間経過前にそのような処分をしたことはないのである。

また、仮に選挙後比較的短期間中に焼却する慣例があつたとするならば、その慣例を逆に利用して、選挙直後にこれを焼却廃棄して不正行為を隠ぺいする計画のもとに、何らかの不正行為(例えば投票済不在者投票用封筒の破棄、交換や、その中に封入されている投票用紙のすりかえなど)をなしていたものと考えられるのであり、このことは本件選挙における数々の疑問点とあわせ考えれば十分理解できるところである。

(2) 投票用紙折込作業のずさんさ

市選管は昭和五〇年三月一七、一八の両日、市役所の各課から集めた四四名の職員に投票用紙の折込作業をさせたのであるが、その際右作業従事者等が投票用紙の持出をするおそれがあるのに特段の予防策を講じなかつた。そのため右作業過程において投票用紙が持出された疑いがある。このことは開票の結果投票総数より一九票過剰混入されていた事実からみてその可能性は十分である。また、折込んだ投票用紙数の点検も必ずしも正確ではなかつた。

このことは第一投票区及び第一一投票区に配付された枚数が実数と異つていた事実からも明らかである。

(三) 開票手続における違法について

本件選挙の開票は、いわゆる一括点検方式を採用したため、開票立会人は抜き出すことができないようにゴム輪でくくつた投票の束を、束のまま検査するだけで、投票の一枚一枚を充分に点検ができず、しかも忠実に点検を行なおうとした立会人訴外塩津恒夫は開票事務従事者から再三にわたり検査方法について文句を言われて投票の点検に制約を受けた。

(四) 過剰投票の存在および開票録の虚偽記入について

本件選挙の開票の結果投票総数より一九票多くの票が開票された。

さらに市選管の開票事務従事者は右過剰投票の事実を隠ぺいするため選挙開票録に実際には一三四票あつた白紙投票の数を一一五票と故意に少なく記載してつじつまを合わせた。

右事実は本件選挙には選挙事務従事者を含む不正が存することの一端を証するものである。

かりに右一九票の過剰投票のうち一七票が投票録の記載のミスによるもので二票のみが過剰投票であつたとしても本件過剰投票の存在は、単に一九票とか二票の票数に意味があるのではなくて、本件選挙において不在者投票事務手続を利用した投票用紙のすりかえなどの不正行為が大量に行われた疑いのあることを推認せしむることに意味があるのである。

つまり、右過剰投票の存在する原因は、右すりかえ行為を担当した不正行為者において、すりかえた分の一部を除去することをうつかり忘れたため生じたものであろうと考えられるのである。

したがつてその結果生じた過剰投票数が、たまたま一九票であるか二票であるかはさほどの問題ではないのであつて、そのすりかえに果してどれだけの投票用紙が不正に使用されたかということがまさしく問題なのである。しかるに未使用投票用紙等が廃棄されてしまつている現在ではそれも判然としないのであるから、右過剰投票がたとえ二票に過ぎないものとしても、不正行為者による票のすりかえの可能性は、本件の投票用紙全体にその疑間が及ぶものである。

なお、第二六投票所における普通投票者数と同数の入場券が保存されていることは認める。

(五) 選挙事務従事者の選挙運動について

本件選挙施行当時敦賀市総務部総務課長の地位にあり同市選挙管理委員会書記長であつた訴外折井秀夫は本件選挙の告示の二日前の昭和五〇年四月一五日午前一一時ごろ同市在住の選挙人訴外小笠原一二宅を訪問し、同人に対し「今度の市長選には矢部候補の応援をしてもらいたい」旨依頼し、矢部智恵夫候補のための選挙運動をした。

(六) 違反文書の配付による選挙の公正阻害について

公職選挙法第二〇五条第一項にいう「選挙の規定に違反することがあるとき」とは、単に選挙の管理執行の手続に関する規定の違反があつた場合に限らず、不法な選挙運動等が組織的計画的に行われ、選挙人の自由意思に基づく投票が著しく抑圧されて、同法の理念たる選挙の自由公正が阻害された場合も含むものと解せられるところ、本件選挙において矢部智恵夫候補選挙事務所は法定外の違反文書でありかつ虚偽の内容の福井県知事中川平太夫名義の高木孝一候補と同知事とは関係がない旨の文書、同知事が矢部候補を推薦する旨の電報の写、矢部候補が同知事の推薦を受けた旨の文書を本件選挙の投票日の前々日から前日にかけて大量に選挙区内に配付した。

右のような違反行為は組織的計画的に行なわれたものであり、そのような虚偽文書の配付によつて大多数の選挙人をして真実矢部候補が福井県知事の推薦を受けたものと信じさせ、また一部の選挙人をしてその真偽の判断のできぬまま困惑させ、もつて選挙人の自由な意思決定を困難ならしめるほどの大きな混乱を生ぜしめ、著しく選挙の自由公正を阻害した。

3  よつて原告らは被告のなした前記裁決を取消し、本件選挙を無効とする判決を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2冒頭の事実中当選者矢部智恵夫および次点者高木孝一の各得票数とその票差は認めるがその余の事実は否認する。

(一) 同(一)(1)の事実は否認する。

敦賀市役所における不在者投票事務については、投票管理者敦賀市選挙管理委員会委員長田辺元治、職務代理者折井秀夫、投票立会人岩井幸雄、坂本正次、小島貞夫、事務従事者寺野一実、浜詰弘輝、中川敦、山口重滋、宮本照孝、東藤紀子、海端俊朗と事務分担関係が確立されており、事務従事者が立会人を兼任したことはない。

のみならず不在者投票従事者を不在者投票に立会わせることは違法とはいえないから、原告らの主張はそれ自体失当である。

(二) 同(一)(2)の事実は否認する。

国立療養所敦賀病院は施行令第五五条第二項二号に定める福井県選挙管理委員会が指定した病院の一つであり、指定病院における不在者投票の方法は施行令第五六条の定めによるものではなく、施行令第五八条第三項によると、不在者投票管理者は選挙権を有する者を投票に立会わせなければならないとのみ定められ、立会人は選挙人名簿に登録されていることも必要でないし当該選挙につき選挙権を有することも必要とされないので施行令第五六条第二項の立会人とは資格が異なる。

従つて原告らのこの点の主張はそれ自体失当である。

(三) 同(一)(3)の事実は否認する。

(四) 同(一)(4)の事実は否認する。

(五) 同(一)(5)の事実は否認する。

(六) 同(二)の事実中市選管が未使用投票用紙および使用済不在者投票用封筒を焼却して廃棄された事実、かかる行為が施行令第四六条に違反するものであることは認めるが、その余の事実は否認する。

右のような法令違背の行為がなされたからといつて直ちに不在者投票手続そのものに何らかの不正事実が存在したものと推定することはできないし、積極的に何らかの不正事実が存在したことの証明がない以上前記書類廃棄の一事をもつて本件選挙を無効と断定することはできない。

(七) 同(三)の事実中本件選挙の開票方法がいわゆる一括点検方式を採用したことは認めるが、その余の事実は否認する。

開票事務を迅速に行ない選挙の結果を報道機関を介して関係者に速報することは市町村選挙管理委員会に課せられた責務の一つであり、この目的を達成するためにはいわゆる一括点検方式が全国の多数の市町村選挙管理委員会に採用されていることは公知の事実である。本件選挙においては一括点検方式を採用したのは右の目的達成のためであるほか他意はなく、昭和五〇年二月二四日に実施した立候補予定者説明会でも同年四月二七日の開票手続開始前にも一括点検方式採用の旨の説明を行つたところ立会人らにおいて何らの異議がなかつたもので、しかも全投票が投票をなされたまま保管されて投票の結果を容易かつ明確に判定しうる状態にあるのだから、一括点検方式の採用それ自体が選挙の無効を招くいわれは全くない。

(八) 同(四)の事実中市選管の開票事務従事者浜詰弘輝らが投票録によつて集計された投票者総数より実在する投票数が一九票多いことを知つて選挙録の無効投票の内容欄に実際には白紙投票が一三四票あつたにもかかわらず、一一五票と故意に少なく記載してつじつまをあわせたこと、このような所為が選挙の規定に違反するものであることは認めるがその余の事実は否認する。

右のような投票者総数より実在する投票数が一九票多くなつた原因は、うち一七票については、第二六投票所の事務従事者河端諭が投票録に記載する際、同投票所における投票日当日における普通投票者の実数が男五二二名、女六〇二名、合計一一二四名であつたのだから投票録中の「普通投票者」欄に右数字を記入し、「選挙人名簿に登録された投票者」欄に不在者投票者総数男一二名、女五名、合計一七名をそれぞれ加算した男五三四名、女六〇七名、合計一一四一名と記入すべきにあつたのに、誤つて「選挙人名簿に登録された投票者」欄に普通投票者の実数を記入してしまい、この誤記された投票録が開票管理者のもとに送致されたため投票録によつて集計された投票総数が実際の投票者総数より一七名少なくなつたことでよるものであり、残り二票のくいちがいの原因は現在なお不明である。

右第二六投票所における普通投票者の実数と同数の入場券は現に保管されている。

右のような選挙の規定違反をもつて選挙の結果に異動を及ぼす虞がある場合にあたるとはいえない。

前記のようなくいちがいがあることは、くいちがう分の投票用紙を破棄するなどせず現に実在せしめている点においてかえつて投票用紙のすりかえなどの不正がなかつたことを推認せしめる。

(九) 同(五)の事実中訴外折井秀夫の敦賀市および同市選挙管理委員会における地位は認めるがその余の事実は否認する。

かりに右の事実が認められても原告らの主張はそれ自体失当である。

すなわち、公職選挙法第二〇五条第一項にいわゆる「選挙の規定に違反することがあるとき」とは、主として選挙管理の任にある機関が選挙の管理執行の手続に関する明文の規定に違反することがあるとき、または直接かような明文の規定はないが選挙法の基本理念たる選挙の自由公正の原則が著しく阻害されるような選挙の管理執行が行なわれたときを指すものと解される。市選挙管理委員会書記長は委員長の命を受け委員会に関する事務に従事すべき職務権限を有するのであるからその事務に従事中又は職務権限の行使に関して不正行為、犯罪行為を行ないそのことによつて選挙の自由公正の原則が著しく阻害されたならば、明文の手続規定に違反することがなくても選挙の無効を招く場合があろう。しかし前記の如き訴外折井秀夫の行為は委員会の事務として行なわれたものでもなく、同人の職務権限の行使として行なわれたものとも解しがたい。従つて同人が犯罪者として処罰されることがあり得ても、そのことにより本件選挙を無効とすべきいわれは全くない。

(一〇) 同(六)の事実中、本件選挙における選挙運動期間中福井県知事中川平太夫が矢部候補を推薦する旨のニセ電報の写が選挙人の一部に配られた形跡のあることは認めるが、その余の事実は否認する。

公職選挙法第二〇五条第一項にいわゆる「選挙の規定に違反することがあるとき」の法意は(九)に主張したとおりである。そして候補者、選挙運動者、選挙人らが選挙法の取締規定に違反する行為を行なつたとしても、法の定める別の規定によりそれらの者が処罰され又は当選無効を招くことがありうるであろうが、かかる事由は「選挙の規定に違反することがあるとき」に該当するものではない。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  原告らが昭和五〇年四月二七日執行の敦賀市長選挙の際の選挙人であつたこと、原告梅木が同年五月八日敦賀市選挙管理委員会(以下市選管と略称する)に対し本件選挙の無効を主張して異議申立をしたが市選管は同年五月二三日右申立を棄却する旨の決定をしたこと、同原告は右決定について同年六月七日被告に対し審査請求したが、被告は同年九月一三日右審査請求を棄却する旨の裁決をし、その裁決書は翌日原告梅木に交付されたこと、および本件選挙の当選者矢部智恵夫の得票は一万七二五三票であり、次点者高木孝一の得票は一万六九四六票で、その差は三〇七票であつたことは当事者間に争いがない。

よつて以下に原告ら主張の選挙無効事由について順次判断をすすめる。

二  不在者投票手続について

本件選挙における不在者投票者が合計一〇八〇名であることは被告が明らかに争わないから自白したものとみなす。

1  原告らは敦賀市役所内に設置された不在者投票所においては選挙事務従事者である市選管の書記が不在者投票立会人をつとめたこと、および現実に立会つていない立会人が不在者投票用封筒に署名をしたことが選挙の規定に違反すると主張する。

成立について争いのない甲第七号証の二、同第九号証の一、同号証の二の一ないし三、同号証の三の一ないし六、同号証の四の一ないし七、同号証の五と七、八の各一ないし六、同号証の六の一ないし七、同号証の九の一、二、同号証の一〇ないし一三、同号証の一四の一ないし五、同号証の一五、同号証の一六の一ないし三、同号証の一七の一、二、同号証の一八、一九、同号証の二〇の一ないし四、同号証の二一の一ないし一〇、同号証の二二の一ないし四、同号証の二三の一、二、同第一五号証の一、二、乙第四号証の四、原本の存在および成立について争いのない甲第一八号証、原本の存在については争いがなく、その原本はその方式および趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定される乙第一号証の一ならびに証人田辺元治、同折井秀夫、同岩井幸雄、同浜詰弘輝(第一回)の各証言および弁論の全趣旨によれば、本件選挙においては敦賀市役所内の市選管事務室内に公職選挙法施行令第五六条所定の不在者投票の記載をする場所が設置されたこと、同所における不在者投票管理者は市選管委員長田辺元治、不在者投票管理者職務代理者は市選管書記長折井秀夫であり、同所における不在者投票立会人として市選管書記岩井幸雄、同坂本正次、敦賀市事務吏員で本件選挙にあたつて市選管の事務に従事していた小島貞夫の三名が、不在者投票事務従事者に市選管書記浜詰弘輝、同中川敦、同山口重滋、同宮本照孝、同市事務吏員寺野一実、同東藤紀子、同海端俊明の七名がそれぞれ任命されたこと、不在者投票の執行にあたつての事務は前記不在者投票管理者又は不在者投票管理者職務代理者のもとで右七名の事務従事者のうち主に中川、東藤、浜詰らがあたり、前記三名の立会人は不在者投票申請書の記載方法を教示したほかには立会以外の不在者投票事務を行なわなかつたこと、前記三名の不在者投票立会人は同所において不在者投票が行なわれた期間中終始立会を行ない、(但し、岩井幸雄の不在者投票には中川敦が立会つた、とくに甲第九号証の七の一参照)投票者が少ない時は投票終了後直ちに、投票者が多く混んでいる時は手があいた時に、それぞれ投票用封筒の封がなされている点、投票者の署名がなされている点を確認のうえ、その裏面に一名が署名をなしたこと、不在者投票立会人相互間においてどの投票者について誰が立会人となるかを厳格に定めたわけではないので、特に投票者が多い時には特定の投票者の投票の状況を特別に留意して観察したうえその者の投票用封筒に署名することができず、一〇名程度の投票者の投票の状況を同時に観察した後その場に立会つた不在者投票立会人が手分けして署名をしたことはあつたが、他の不在者投票立会人の立会で投票した者の投票用封筒に、その投票の際、席をはずしていた不在者投票立会人が署名をしたことはなかつたことが認められる。

不在者投票立会人岩井幸雄、同坂本正次が市選管の書記であり、同じく小島貞夫は敦賀市事務吏員で市選管の事務に従事していた者であることは右認定のとおりであり、選挙が自由、公正に行なわれるために不在者投票事務の執行を監視すべき不在者投票立会人の役割から見ると、右のような地位にある者を不在者投票の立会人とすることは必ずしも好ましいことではない。しかし、不在者投票は数日にわたつて行なわれるものであること、当該選挙の公職の候補者を投票立会人に選任することができない旨の規定、或は投票立会人についての政党制限の規定があるのにかかわらず、右のような地位にある者を旅行令第五六条所定の立会人とすることを禁止する趣旨の規定がないこと、本件不在者投票においてはその立会人と不在者投票事務従事者の着席等が明確に区別されていて不在者投票立会人が立会以外の不在者投票事務を執行したことがなかつたことに照らせば、右のような地位にある者が不在者投票立会人となつたことをもつて直ちに選挙の規定に違反するものとも選挙の自由、公正を著しく阻害するものともいうことはできない。

また、現実に不在者投票に立会つていない不在者投票立会人が投票用封筒に署名した事実を認めるに足りる証拠はなく、かえつてそのような事実のなかつたことは前記認定のとおりである。

なお、岩井幸雄の不在者投票につき、中川敦がその立会人となつたことは前記認定のとおりであり、その際中川敦が不在者投票立会人に市選管委員長又は不在者投票管理者から選任されたことが認められないから、岩井幸雄の不在者投票は不在者投票管理者の補助執行者である中川敦がその立会人として行為した違法があり、それは選挙の規定に違反するものといわざるをえない。

しかし、右の一票の存在は、本件選挙における当選者と次点者の票差三〇七票に照らすと選挙の結果に異動を及ぼすものとは到底いうことができない。

2  国立療養所敦賀病院において不在者投票が行なわれたことは被告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなすべきところ、原告らは、同所における不在者投票において施行令第五六条第二項の資格を有する不在者投票立会人がおかれなかつた旨主張する。

しかし、成立に争いのない乙第二号証によれば、国立療養所敦賀病院は福井県選挙管理委員会が公職選挙法事務規程第五〇条、同規程別表第二をもつて公職選挙法施行令第五五条第二項第二号所定の指定をした病院であることが認められるところ、右法令による指定病院における不在者投票の立会人の資格は施行令第五六条第二項の定めによるべきものではなく、施行令第五八条第三項の定めによるべきものであるから同所における不在者投票に施行令第五六条第二項所定の資格を有する立会人が置かれなかつた旨の原告らの主張はそれ自体失当である。

しかも施行令第五八条第三項所定の「選挙権を有する者」とは、選挙人名簿に登録されている必要も、当該選挙につき選挙権を有する者である必要もなく単に選挙権を有する者であれば足りるものであるところ、成立に争いのない甲第六号証、同第一〇号証および弁論の全趣旨によれば同病院における不在者投票の立会人は訴外高木義廣であつたこと、同人は昭和三年一〇月一六日生れの成人で本件選挙の不在者投票の当時選挙権を有する者であつたことが認められるから、同病院における不在者投票手続に適法な不在者投票立会人を欠いたものということはできない。

3  原告らは、すべての不在者投票所において不在者投票管理者は施行令第六〇条一項所定の投票用封筒裏面への必要事項の記載および記名をせず、かつ投票立会人に署名をさせず、さらに投票用封筒を封入した外封筒にも必要事項の記載および記名押印をしなかつた旨、また、すべての投票所において投票管理者は送致された不在者投票が受理することのできるものであるかどうかについて投票立会人の意見を聞いておらず、かつ、不在者投票用封筒に法定の記載要件を欠いている不在者投票を受理した旨主張し、証人折井秀夫の証言によれば不在者投票用封筒に所定の記載がなされていないものが少なくとも一票あり、その不在者投票は受理されなかつたことが認められる。また、前記認定の事実によれば岩井幸雄の不在者投票には適法な不在者投票立会人の署名のなかつたことが推認されるが、その他に原告らの右主張にそう証拠はない。(しかし、その証拠のないことについては、後記のとおり市選管による証明妨害が認められるので、別途に考察する。)

4  原告らは、投票済不在者投票が封入された不在者投票用封筒の投票日前日までの市選管における保管並びに投票日前日に各投票区の投票管理者に送致されるまでの保管がずさんであり、不正行為が介入する余地があつたと主張する。

前記甲第一五号証の一、二、同第一八号証、乙第四号証の四、成立について争いのない甲第二号証の二、乙第九号証、証人折井秀夫、同岩井幸雄の各証言、原告元山忠雄本人尋問の結果によれば、敦賀市役所内の不在者投票において選挙人から不在者投票管理者へ提出された投票在中の投票用封筒を封入した外封筒、および他の不在者投票管理者から送致された投票用封筒を封入した外封筒は市選管によりスチール製ロツカーに納められて一部は本件選挙投票日の前日である昭和五〇年四月二六日まで、残りは投票日当日の朝まで保管されていたこと、右スチール製ロツカーは選挙の期間中市選管事務室となつている同市総務課室と開放したドアで通じている総務部長室のうち、ドア寄りの一隅を選挙の期間中のみ数個のロツカーで区切つた部分に置かれていたこと、右スチール製ロツカーには本件選挙および本件選挙と同時に施行された同市議会議員選挙の不在者投票用封筒へいれられた外封筒の外、不在者投票用の未使用投票用紙、投票用封筒のみが区別して保管されていたこと、そのうち本件選挙の不在者投票用封筒のいれられた外封筒は数が少ない間は封をしない大封筒に一括していれてスチール製ロツカーに納めてあつたが、その数が増大してからは投票区毎に区分して輪ゴムをかけてまとめてそのままスチール製ロツカーに納めていたこと、右スチール製ロツカーは、投票用紙や投票用封筒を出しいれする時以外は日中でも施錠されており、その鍵は市選管書記浜詰弘輝、同中川敦が一個ずつ保管し、退庁の際中川はこれを自宅に持帰り、浜詰は庁内の自己の机に納めて施錠し、机の鍵を自宅に持帰つていたこと、右のように保管されていた不在者投票用封筒のうち第一ないし第七投票区以外の投票区の不在者投票用封筒はまとめて大封筒にいれて封印をして昭和五〇年四月二六日に一般投票用の投票用紙とともに各投票区の投票管理者に送致され、第一ないし第七投票区の不在者投票は同様にして同年四月二七日の投票日当日に各投票管理者に送致されたこと、各区の投票管理者は敦賀市役所の課長級以上の吏員が任命されていたが投票日前日にそれらの交付をうけた投票管理者の中には一たんこれを自宅に持戻つて保管し、翌日受持ち投票所に持参した者もあつたこと、ただ投票日前日に交付を受けた場合の保管方法については具体的な打合わせがなされておらなかつたこと、敦賀市役所の管理職々員中には現職市長である矢部智恵夫候補を支持する者が少なくなかつたこと、以上の事実が認められる。

右認定の事実によれば、市選管の不在者投票の管理および各投票区の投票管理がその送致を受けた後の保管が必ずしも不当であつたとは認められない。もつとも、投票管理中これを自宅に持戻り、翌朝投票所に持参した者があつたことは不要の疑を招くおそれがあるけれども、その間に不正行為が行なわれた証拠はない。

他に前記原告らの主張にそう証拠はない。

三  投票に関する書類の保管について

市選管が未使用投票用紙および使用済不在者投票用封筒を焼却して廃棄した事実は当事者間に争いがない。

前記甲第一八号証、乙第四号証の四、証人折井秀夫、同浜詰弘輝(第一、二回)の各証言によれば、右書類(不在者投票用封筒については外封筒、内封筒とも)は投票日の三日後の昭和五〇年四月三〇日の午後二時過ぎころ各投票所から返送されて来た雑用紙、印刷ミスのある投票用紙等とともに市選管書記山口重滋が敦賀市焼却場で焼却したこと、右焼却は同種の書類が従前の選挙においても焼却廃棄されていたことから市選管書記浜詰弘輝が書記長折井秀夫の了承を得て山口書記に右焼却を指示したことが認められる。

ところで、使用済不在者投票用封筒には法令により投票者の署名、不在者投票管理者による投票の年月日、場所その記名投票立会人の署名がなされるべきものとされており、不在者に関する調書等とあいまつて各不在者投票の行なわれた状況を明らかにする書類であり、また、それらの記載の有無、封緘の痕跡の有無等により各不在者投票が適法に行なわれたか否かの有力な直接証拠となるものであるから、施行令第四五条が長の任期間市選管に対してその保存を命じている同条所定の投票に関する書類に該当する。また、未使用投票用紙も結果的には本件選挙の投票に使用されなかつたとはいえ、本件選挙の投票のために作成されたものであり、その性質上それが適正に管理され残存すること自体が適正に施行されたことの証拠となるものであるから、これまた同条所定の投票に関する書類にあたるものと解するのが相当である。

従つて市選管が未使用投票用紙および使用済不在者投票用封筒を保存期間の定めにかかわらず焼却廃棄したことは公職選挙法第二〇五条第一項所定の選挙の規定違反に該当することは明らかである。

四  開票手続について

1  本件選挙の開票方法がいわゆる一括点検方式によつて行なわれたことは当事者間に争いがない。

前記甲第二号証の二、乙第二号証、同第四号証の四、同第九号証、成立に争いのない甲第四号証の二、同第八号証の一、乙第三号証、同第四号証の六、同第五号証、証人田辺元治、同折井秀夫、同浜詰弘輝(第一回)、同塩津恒夫の各証言、原告元山忠雄本人尋問の結果によれば、次のとおりの事実が認められる。

(一)  本件選挙においては全投票区の投票が敦賀市体育館に設置された開票所において投票当日の午後八時から開票された。開票事務は選挙会事務と合わせて行なわれた。

(二)  本件選挙において採用されたいわゆる一括点検方式による開票事務は次のとおりに実施された。

(1) 投票開披台の上に投票箱からあけられた投票は混同された後開披係が開披し、一応、有効票、按分票、無効票、疑問票に区分し、さらに有効票については候補者別に分類する。ただし、本件選挙においては按分票はなかつた。

(2) 区分された投票のうち一応疑問票、無効票とされた投票は審査係のもとに送られ、同係が審査のうえ疑問票、無効票と判断される投票にはそれぞれ効力決定付箋または無効投票決定付箋を付して開票立会人(公職選挙法第七九条第二項により選挙立会人をもつて宛てられていた)へ回付され開票立会人がそれらを点検のうえ意見を付して開票管理者(選挙長をもつて宛てられていた)の手元に送られ、開票管理者が有効または無効と決定して第一集計係に回付する。また、審査係の審査によつて有効票と判断された投票は第一計数係または第一集計係へ回付する。

(3) 開披係が区分した投票のうち一応有効票とされた候補者別に分類された投票は、第一点検係に回付され同係が他の候補者の得票や疑問票が混入していないかを点検したうえ第一計数係に回付する。第一計数係は第一点検係および審査係から回付された投票を候補者毎にビルコンという計数機にかけて一〇〇票ずつの束を作り第二計数係に回付し、同係は再度別のビルコンで一束が一〇〇票あることを確認して第一集計係に回付する。

(4) 第一集計係は第二計数係、審査係から回付された一応有効投票と判断された投票、開票管理者が開票立会人の意見を聞いて効力を決定したうえ回付した投票を有効無効別、候補者別に集計し、第二集計係が再度集計して確認する。

(5) 第二集計係が計算を格ませた投票は整理係が投票集積台に運び、端数は別として原則として一〇〇票束を一〇個まとめた一〇〇〇票ずつを幅一ないし二センチメートルのゴムバンドでまとめた束として、投票の効力別、候補者別に区分して投票集積台の上に置く。

(6) 投票集積台は開票管理者と三名の開票立会人がならんで着席した位置から約二メートル離れた所に置かれていて、開票立会人は自由にこれに近づいてその上に置かれた投票を手にとつて点検することができる位置にあつた。

(7) 右開票手続に従つて、審査係が疑問票または無効票と判断した投票は順次開票立会人および開票管理者の手元へ回付され点検のうえ開票立会人の意見を聞いて効力決定がなされたが、開披係または審査係が一応有効と判断した投票は個別には開票立会人および開票管理者の手元へ回付されず、開票立会人および開票管理者は集積台の上に置かれた前記ゴムバンドで一括された投票束を任意に検査し効力の決定をなしていたものであり、現実には投票一枚一枚を点検しないですませることもできた。

(8) 本件選挙における開票立会人の一人であつた塩津恒夫は集積台上に整理された矢部智恵夫候補および山品寛候補の有効投票とされた投票を一〇〇〇票ずつゴムバンドで束ねた状態で検査したが、ゴムバンドで一括された束の中心部は見にくく記載の状況を点検するためには指を差入れて漸くその記載をすき間から覗き見ることができるだけであり、そのためには時間を要し、一方疑問票、無効票の点検もしなければならない関係上、有効票の束を充分に点検することは困難であつた。もつとも、市選管において開票立会人の投票点検に時間的制限を加えたことはなく、疑問票、無効票は開票立会人が点検しない限り開票立会人のもとに滞留していたものであり、開票立会人が望めば有効投票の一枚一枚の点検をなしえたわけで、開票立会人が有効投票の点検を端折つたのは、開票作業の流れが自分のために遅くなつてはならないとの遠慮からであつた。

(9) 市選管書記長は開票立会人が一〇〇〇票の束のゴムバンドをはずして一枚一枚の投票を点検することに異存はなかつたが、その点の打合せが事前に市選管や開票事務従事者の間でなされたことはなかつたのみでなく、開票立会人に対する事前の説明中にもその点に関するものはなかつた。

かえつて、塩津恒夫立会人が集積台上の一〇〇〇票束の有効投票をゴムバンドをかけたまま点検しかけていた際に開票事務従事者から二、三回にわたつて、あまり票をバラさないでほしいと、ゴムバンドをはずすことを制約するような注意がなされた事実がある。

(10) また、塩津恒夫立会人以外の二名の開票立会人および開票管理者は疑問票、無効票の点検に注意を集中し集積台上の有効投票を全部個別に点検したことはなかつた。

(11) 開披係、第一点検係、審査係が有効票と判断し区分する基準は疑なく有効と認められる投票に限り、誤字等裁判例上も問題とされているような投票は疑問票とされていた。

(三)  右の如き一括点検方式は開票事務改善の一方策として福井県選挙管理委員会も認めているものであり、市選管は昭和四四年一二月施行の衆議院議員選挙以来(但し昭和四六年執行の地方選挙を除く)右一括点検方式を採用するとともにビルコンを導入して開票事務の正確化迅速化をはかつて来たもので、本件選挙において一括点検方式を採用したのもひとえに右の目的のためのみであつた。

(四)  塩津恒夫は高木孝一候補が公職選挙法第七六条、第六二条第一項の規定により選挙立会人となるべき者として届け出、昭和五〇年四月二五日付で市選管が選挙立会人とした者であるが、本件選挙においては市選管職員を含めた敦賀市職員が矢部智恵夫候補を支援していると考え、投票を充分に点検できない一括点検方式による開票に不安を感じて、同年四月二四日、同二五日の二回にわたり市選管書記長折井秀夫に対し、一括点検方式ではなく従前どおり全投票を開票立会人が点検する方式によつて開票を行なうよう申入れた。これに対し折井秀夫は一括点検方式のためビルコンを購入しており、一括点検方式でも充分一枚一枚の点検ができるから開票事務の能率化をはかるため既定方針どおり一括点検方式でやりたい旨説明し、塩津恒夫もそれ以上自説を困執しなかつた。一括点検方式により開票を行なうことは選挙告示前の立候補予定者説明会においても市選管から説明されていたところであり、本件開票開始前にも開票立会人に対し一括点検方式によることが説明されたがこれに対しては何らの異議もなかつた。

(五)  本件選挙の投票は開票当時の状態でそのまま現に保管されており、当裁判所の嘱託によつて送付された全投票を原告が検査した結果によつても開票手続において一括点検の対象となつた投票中矢部智恵夫候補に対する投票について選挙会のなした効力の判定、および得票数の計算に問題とすべき点は見当らなかつた。

2  開票立会人(開票事務が選挙会事務と合同して行なわれる場合の選挙立会人)は、候補者の利益代表及び一般選挙人の公益代表の立場から開票事務の公正な執行を監視するとともに、投票を点検し、仮投票の受理、投票の効力の決定にあたつて意見を述べる等開票管理者(選挙長)を補助して開票事務に参画しその公正な執行を確保することをその任務とするものであるから、開票手続においては開票立会人は全投票にわたつて自由に点検し投票の効力につき意見を表示する機会が充分に与えられていなければならないものであることはいうまでもない。もつとも、開票立会人に対して全投票を自由に点検し投票の効力につき意見を表示する機会が充分に与えられている限り、前記認定のような一括点検方式のもとで、現実には開票立会人がその自由な意思に基づいて、主として開票事務従事者が予め無効票、疑問票として選別した投票のみを集中的に点検した結果、有効票として選別された投票の点検がおろそかになつていたとしても、そのことをもつて開票手続に違法があつたということはできない。

しかしながら、本件選挙の開票手続についてこれを見ると、開票事務従事者が一応有効と判断した投票は計数、集計のうえ一〇〇〇票ずつ広幅のゴムバンドで束ねて候補者別に集積台上に乗せられていたが、そのままの状態では一枚一枚の投票の記載の状況が見にくかつたうえ、開票立会人に対して希望があればゴムバンドをとりはずして点検の便宜をはかる旨の説明もなされなかつたばかりか、開票立会人塩津恒夫が集積台上の有効投票とされた票を点検中開票事務従事者から二、三回にわたつて、あまり票をバラさないでほしい旨ゴムバンドをはずすことを制止する趣旨の注意を受けたことは前記認定のとおりであり、そのような状態では開票立会人が全投票を自由に点検する機会が充分に与えられていたものとはいえず、開票立会人の投票の点検が制約を受けていたものと認めざるを得ず、この点において本件選挙の開票手続は選挙の規定に違反するものである。

また、開票管理者(開票事務が選挙会事務と合同して行なわれる場合の選挙長)は開票に関する事務を担当するもの(公職選挙法第六一条第四項)で、投票を点検し(同法第六六条第二項)、全投票の効力を決定し(同法第六七条)て各候補者の得票数を確認する職責を負うものであるから、各投票の効力を決定するために全投票にわたつて点検することを要するものと解するのが相当である。開票管理者の行なう点検事務を能率化するために、予め事務補助者が有効票、無効票、疑問票を選別し有効票をさらに候補者別に分類することが許されることはいうまでもないが、投票の効力の判定を実質的に事務補助者に一任することは現在の選挙の管理に関する法規の許さないところである。本件選挙の開票手続についてこれをみると、開票管理者にあてられた選挙長田辺元治は疑問票、無効票の点検に注意を集中し、開票事務従事者が一応有効と判断し一〇〇〇票ずつまとめて集積台上に整理した投票を個別に点検したことはなく、実質的には開票事務従事者の判定に従つて一括して検査したものとしてそれらの効力を決定していたものであることは前記認定のとおりであり、投票の点検および効力の決定に関する事務の一部を実質上は事務補助者に一任していたものとみるのが相当であり、この点においても公職選挙法第六六条第二項、第六七条の規定に違反するものである。

3  しかし市選管が前記1で認定のような一括点検方式を採用したのは本件選挙だけに限つたものではなく昭和四四年一二月以来例外はあつたものの一括点検方式を採用していること、その目的は開票事務の迅速化、正確化以外になく、右のような方式は開票事務改善例として福井県選挙管理委員会も認めているものであること、開票立会人塩津恒夫から市選管書記長折井秀夫に対し投票日(開票日)の前日と前々日に一括点検方式により開票を行なうことについて反対の意見が表明されたけれども同人は同書記長の説得により反対の意見を困執することもなかつたこと、本件選挙は全投票区の投票が一開票所で開票されたものであるが、投票は開票当時の状態でそのまま現に保管されており選挙会のなした矢部智恵夫候補への有効投票とされた投票の効力の判定、得票数の計算について疑問点がなかつたことに照らせば2に説示したような選挙の規定違反が選挙の結果に異動を及ぼす虞があつたとはいいがたく、他に右選挙の規定違反が選挙の結果に異動を及ぼす虞があつたことを認めるに足りる証拠はない。

五  過剰投票の存在および選挙録への虚偽記入について

1  本件選挙の開票の結果、投票録に基づいて集計された投票者総数より実在する投票数が一九票多かつたこと、市選管の開票事務従事者が右の事実を糊塗するため選挙録(原告らは開票録と主張するが本件開票事務が選挙会と合同して行なわれたことは前記認定のとおりであるから開票に関する次第は選挙録に記載されることは法第七九条第二項により明らかである)中の白紙投票数を記載すべき欄に、実際には白紙投票数が一三四票存在したにもかかわらず一一五票存在したものと故意に少なく記載したことは当事者間に争いがない。

2  前出甲第八号証の一、乙第五号証、成立について争いのない甲第一九号証の二六、同第二二号証、同第二七号証、乙第六ないし第八号証(甲第一九号証の二六については原本の存在についても争いがない)、証人河端諭、同浜詰弘輝(第二回)の各証言によればその間の事情は次のとおりであつたことが認められる。

すなわち、本件選挙の開票事務において庶務係を担当していた市選管書記浜詰弘輝は、約九〇パーセントの票の開票が済んだ時点で第一集計係の手許で作成されていた集計表と、まだ開票立会人らが点検中の疑問票、無効票の数を照らし合わせて試算したところ、各投票所の投票管理者から提出された市長選挙投票録に基づいて集計した投票者総数よりも実在する投票数が十数票多くなることに気付き市選管書記長折井秀夫に報告したところ、同書記長は浜詰弘輝に再度点検することを命じたのみで、右事実を開票管理者や開票立会人には報告しなかつた。浜詰弘輝は右投票要録による投票者総数の集計を再確認したけれども投票数との不一致の原因が判明しないままに第一集計係の主任寺元正一、第二集計係の主任宮本照孝と相談のうえ、集計表上の白紙投票の数を実際の白紙投票数より一九票減らすことによつて投票者総数と投票数の不一致を糊塗することとし、宮本照孝が実際は一三四票の白紙投票が存在したにもかかわらず集計表の無効投票内訳の白紙投票欄に一一五票と記載し、次いで浜詰弘輝は右集計表の記載が真実に反することを知りながら、これに従つて前記争いのない事実のとおり選挙録に白紙投票数を記入し、かつ、右操作に従つて投票総数、無効投票数をも実際の数より一九票少なく記入し、これを選挙長および選挙立会人に提出してその署名を得た。

市選管書記長折井秀夫は浜詰が右選挙録を選挙長、選挙立会人に提出する際同行していたが、浜詰弘輝に対し投票数の不一致についての再点検の結果を確認することもなく、また選挙長や選挙立会人に対し、右投票数の不一致について報告することもなかつた。従つて、選挙長、選挙立会人らは以上のような事実については全く知るところがなかつた。

浜詰弘輝は、選挙会終了直後、改めて折井秀夫に前記のとおりの一九票のくいちがいを報告したところ、原因調査を命じられ同年五月六日ころから調査を開始した。その結果右一九票のうち一七票のくいちがいは、第二六投票所において同投票所庶務係河端諭が投票録を浄書する際、同投票所交付係菊田栄太郎から口頭で報告を受けた普通投票者の男五二二人、女六〇二人男女合計一一二四人の人数を「普通投票者」の欄に記入すべきところを不在者投票を含めた総投票者数と勘違いして「選挙人名簿に登録された投票者」の欄に記入したため、同投票所における男一二人、女五人、男女合計一七人の不在者投票者数分だけ同投票所における投票者総数が少なく表示されることとなり、投票管理者がそのことに気付かないまま投票録を作成し開票管理者に送致し、これに基づいて全投票所における投票者総数が集計されたために生じた誤差であることが明らかになつたが、残り二票の誤差の原因は遂に不明であつた。

3  開票事務従事者が選挙録の浄書にあたつて開票の結果に故意に真実と異なる記載して選挙長に虚偽の選挙録を作成せしめることは選挙の規定に違反する行為であることは明らかであり、投票者総数より投票数が二票多いことからは一人一投票の規定に反した投票がなされたか、投票所における選挙人名簿との対照を経ることなく投票を行つた者があつたか、その他何らかの方法による不正投票がなされたか、いずれにせよ、市議選の選挙の執行に違法の点があつたものと一応推定することができる。

六  選挙事務従事者の選挙運動について

本件選挙当時折井秀夫が敦賀市総務部総務課長の地位にあり、市選管書記長であつたことは当事者間に争いがなく、市選管書記長である同人が公職選挙法第一三六条第一号に掲げる者にあたることは明らかである。

そして同条にいう「選挙運動」とは、特定の選挙につき特定の候補者の当選を目的として、投票を得または得させるために直接または間接に必要かつ有利な行為をなすことをさすものであり、同条第一号所定の者の選挙運動が禁止されるのは選挙事務の公正な管理運営を確保するためであり、同条第二号以下各号所定の者の選挙運動が禁止されるのは、公権力を有する者が選挙人の投票に不当な影響を及ぼすことを防ぐためであることに照らせば、特定の候補者の選挙運動者となることを要請する交渉が同条によつて禁止される選挙運動に含まれるものと解するのが相当である。

被告は、かりに折井秀夫が原告ら主張のような行為をした事実があるとしても、それは市選管の事務としてなしたり、職務権限の行使として行なわれたものではないから公職選挙法第二〇五条第一項にいわゆる選挙の規定の違反にあたらないと主張するが、選挙事務の公正な管理運営を確保するため選挙の管理運営の主体を構成する者に対して選挙運動を禁止する規定の違反は、その主体が行なう選挙の管理執行手続に関する規定の違反と同様、同法第二〇五条第一項所定の選挙の規定の違反として選挙の無効の事由となりうるものと解するのが相当である。

証人折井秀夫、同小笠原一二、同谷口仁吉の各証言によれば、折井秀夫が本件選挙の告示二日前の昭和五〇年四月一五日の午前中友人である小笠原一二を敦賀市内の自宅に訪問したこと、右訪問は折井秀夫の方から申し込んだうえなされたこと、同人宅において折井秀夫は本件選挙を話題とし、「君は前回同様今回も矢部候補のマイクを持たんか」と述べて、矢部候補のための協力を求め、小笠原一二の反問に対し「私は宮仕えやからなんともいえんが」と言葉を濁したことが認められる。

また、証人折井秀夫は同日小笠原宅を訪問したのは同人の新築した住宅を見に行つたものであると供述しているが、選挙管理委員会の事務が多忙な選挙の告示直前の時期に勤務時間もしくは昼の休憩時間をさいて、約一一か月前に新築された友人宅を見るための訪問というのはいささか不自然で、新宅拝見は口実にすぎず他に目的があつたのではないかとの疑いを払拭できない。

以上の事実によれば、折井秀夫は以前の選挙で矢部候補の運動員となつた小笠原一二に本件選挙においても同候補の運動員となつてマイクを持つよう暗に依頼したものとみるのが相当であり、右のような行為は公職選挙法第一三六条に違反するものと解される。

証人折井秀夫の証言中右認定に反する部分はたやすく信用できない。

七  違反文書の配布について

前出乙第九号証、度立について争いのない甲第二一号証、同第二四号証の一、二、乙第四号証の二、証人谷口仁吉の証言により真正に成立したものと認められる甲第一六号証、および甲第一一号証ないし同第一四号証の存在することならびに証人田辺元治、同中野征一郎、同山本邦三、同中西喜一、同角野冨士男、同折井秀夫、同谷口仁吉、同塩津恒夫の各証言、原告元山忠雄本人尋問の結果によれば、本件選挙の選挙運動期間中に矢部智恵夫候補の選挙事務所内の何者かが、印刷業者である有限会社白水社に発注して、福井県知事中川平太夫名義の「敦賀市民の皆様へ」と題し、高木候補の選挙用葉書に中川平太夫の名が記載されているがこれは知事中川平太夫とは関係がない旨の内容のビラ(甲第一一号証)を一万五〇〇〇枚、「矢部智恵夫候補福井県知事中川平太夫殿より推せんを受ける」と題し題名と同旨の内容のビラ(甲第一三号証)を三万枚、「部内用運動員の皆さん御苦労さまです」と題し、高木候補を市長に選べば敦賀市全体は私物化される、福井県知事中川平太夫殿は矢部候補の当選を願つて後援している等六項目を市民にうつたえるよう記載されたビラ(甲第一四号証)を二〇〇〇枚印刷し、また「ヤベコウホヲスイセンスルガンバレ」フクイケンチジナカガワヘイダユウ」との電文の至急電報のフオトコピーによる写しを少なくとも一三七枚以上相当多数を調製したこと、同候補派の運動員がこれら四種類の文書を相当多数投票日の前々日、前日の間に敦賀市内の各地区の選挙人に配布したこと、右各文書はいずれも政党その他の政治団体の政治活動として公職選挙法第二〇一条の九第一項第六号による届出がなされたものではなく、また、同法第一四二条第一項により選挙運動として頒布が禁止された文書に該当し、かつ、福井県知事中川平太夫が矢部智恵夫候補を推薦した事実がないから、その内容も虚偽のものであつたことが認められる。

ところで公職選挙法第二〇五条第一項にいう選挙の規定に違反するとは、原則として選挙を管理執行する任にあたる機関の管理手続に関する規定違反を指し、選挙人、候補者、選挙運動者等に対する取締り規定違反の行為はこれにあたらないものと解すべきであるが、ただ例外的に選挙の管理規定の明文に反していないとしても選挙の自由公正が著しく阻害された場合、または選挙の取締りないし罰則規定の違反行為により選挙地域内の選挙人全般がその自由な判断によつて投票することを妨げられ、選挙の自由公正が損なわれた場合等は選挙の規定に違反するものと解するのが相当である。

前記認定の違法文書の配布はいずれも選挙の罰則規定に違反するものではあるが、それによつて本件選挙の行なわれた敦賀市内全域の選挙人全般がその自由な判断によつて投票することを妨げられ選挙の自由公正が害されたとまで認めるに足りる証拠はなく、法第二〇五条にいう選挙の規定に違反する事実とすることはできない。

よつて本件違法文書の頒布の事実をもつて本件選挙の無効事由とすることはできない。

八1  原告らが主張する選挙の規定に違反する事実の存否は以上認定のとおりであり、選挙の規定違反の事実が認められたものも、その個々の事実を取上げるとそれのみでは直ちに本件選挙の結果に異動を及ぼす虞があるとすることができないものがあることは前記認定のとおりである。

しかしながら、たとえ一つの事実のみでは選挙の結果に異動を及ぼす虞がない場合でも、それらの事実のいくつかと諸般の事情を考え合わせた結果、選挙の管理執行が厳正に行われたかどうかに合理的な重大な疑惑が生ずるときは選挙の結果に異動を及ぼす虞があると認められるに至る場合があることはいうまでもないところである。

2  本件選挙についてこれをみると

(一)  本件選挙の開票の結果、投票録に基づいて集計された投票者総数より実在する投票数が一九票多く、その後の調査によつてうち一七票は投票録の誤記によるものと判明したが、残り二票の過剰票の存在の原因は不明であること、開票事務に従事した市選管書記浜詰弘輝らが右一九票の過剰票の存在を糊塗するため集計表の無効投票内訳のうち白紙投票欄および選挙録の白紙投票数記載欄等に実際の白紙投票の数より一九票少なく記載するなどし、情を知らない選挙長をして虚偽の選挙録を作成させたこと、市選管書記長折井秀夫は開票中過剰投票がある旨の報告を受けていながら選挙長が選挙録を作成し、選挙会が終了するまでそのことを選挙長へ報告せず、また、浜詰弘輝に対し投票の再点検の結果を確認したこともなかつたこと、同書記長は選挙会終了直後浜詰弘輝から一九票の過剰投票の存在の確定的報告を受け同人に原因調査を命じはしたが、原因調査の作業が開始される以前で投票日からわずか三日後の昭和五〇年四月三〇日に浜詰弘輝から不要の雑用紙等とともに未使用投票用紙および使用済不在者投票用封筒を焼却廃棄することの許可を求められるやこれを了承し、即日これを焼却廃棄させたことは、すでに前記三、五で説示のとおりである。

(二)  右のような使用済不在者投票用封筒の焼却は単にその行為が選挙の規定違反にあたるだけではない。

原告らが請求原因2(一)(3)の前段および(4)において主張する本件選挙の不在者投票手続の瑕疵についてはこれを証明すべき証拠がないことは前記二3で説示したとおりであるが、市選管が焼却廃棄した使用済不在者投票用封筒は原告らの右主張についての最も有力な書証であつたことは明らかである。

一般に訴訟においてある事実について証明責任を負わない一方当事者が故意または過失により相手方が証明責任を負つている事実についての証拠の利用を不可能または著しく困難な状態に陥らせた場合には、裁判所はその主張事実の真否についての他の証拠の内容、その主張事実の証明上当該証拠の有すべき比重、証拠の利用を不可能または困難ならしめた一方当事者の行為の状況等諸般の事情を考慮して、存在し法廷に提出された証拠のみによつては右主張事実が認定できないときでも、その事実を認定しあるいはその事実の蓋然性を認定することができるものと解するのが相当である。

なぜならば自己の責任において相手方の挙証を妨害しておきながら証明責任によりその不利益を相手方に負わせるのは訴訟当事者間の信義則に反するので裁判所が前記の諸般の事情を考慮して相手方の主張事実あるいはその存在の蓋然性を認定できるものとすることによつて調整をはかるのが衡平に合致するからである。

もつとも本件においては使用済不在者投票用封筒を焼却廃棄して原告らがこれを証拠として使用することを不可能にしたのは被告福井県選挙管理委員会ではなく市選管であるが、市選管の執行した市長選挙に関する選挙無効訴訟の被告が県選管とされているのは公職選挙法が市町村の選挙に関する訴訟に裁決主義を採用したからに外ならず、選挙無効を主張した異議申立を却下した市選管の決定を支持する裁決の取消を求める本件訴訟においては、市選管は実質上被告に準ずべき地位にある者であり、また被告も原告ら主張の選挙の無効原因の存在を争う限りもし市選管が直接当事者となつた場合よりも有利な立場に立つこととなるのは相当でないから市選管のなした証明妨害の効果としての不利益は被告においても甘受すべきものと解するのが相当である。

本件の場合、原告らの主張する不在者投票手続の瑕疵を証明する証拠としては市選管が焼却廃棄した使用済不在者投票用封筒が唯一の物的証拠であること、他に原告らの主張にそう証拠のないこと、証人折井秀夫は一票を除いて他の不在者投票はすべて法規に定められた署名、その他の記載がなされていた旨供述しているが右供述はたやすく信用しがたく、他に原告ら主張の事実を否定する証拠のないこと、市選管は施行令により使用済不在者投票用封筒を所定期間保存すべき義務があるのにかかわらずこれに違背して焼却に及んだが、その当時すでに市選管内部では前記のとおり過剰投票の存在が問題となつていたものでその原因究明のためには使用済不在者投票用紙がとくに重要であつたこと等を総合して考えれば、原告らの主張事実の存在を認定することはできないとしても、一〇八〇票の一部に原告らの主張するような所定の記載を欠く不在者投票用封筒に入れられていたものがあり、それが法令に反して投票管理者によつて受理された事実の蓋然性を否定することができないものというべく、その結果、本来無効投票とされなければならないものが有効投票として扱われた虞のあることを認めるのが相当である。

(三)  証人浜詰弘輝(第二回)、同河端諭の各証言によれば本件選挙後焼却廃棄処分がなされるまでの間に未使用投票用紙の残数が現実に計数のうえ確認されたことはないことが認められ、従つて残数の面から未使用投票用紙を利用した不正行為がなかつたとすることはできない。

なお、各投票所毎の投票用紙等受払計算書(甲第一九号証の一ないし二六の原本)および浜詰弘輝が各種投票用紙の印刷数、使用数、残数を調査した結果を記載した書面(甲第二〇号証)は一応存在するけれども、証人河端諭の証言によれば甲第一九号証の一ないし二六中には実際の残投票数を確認しないまま市選管から送致された投票用紙数から投票者数を差引いて得た計算上の残数を記載したものがあることが認められるから右書面の各数字を措信できず、また、甲第二〇号証についても証人浜詰弘輝の証言(第二回)によれば残数を実際に数えたうえ作成されたものでないことが認められるからその未使用投票用紙数の記載は信用できないものである。

(四)  さらに、前出甲第二号証の二、同第四号証の二、同第六号証、乙第四号証の四、証人浜詰弘輝(第一、二回)、同河端諭の各証言ならびに弁論の全趣旨によれば折井秀夫は市選管書記長として浜詰弘輝は市選管書記中古参者として本件選挙の管理執行に際しその中心的地位にあつたこと、本件選挙について選挙の効力に関する異議申立がなされ、次いで市選管のなした異議申立却下決定について被告に対し審査請求がなされ、それぞれ審理が重ねられたが、その過程において折井秀夫、浜詰弘輝その他過剰票の存在および選挙録への虚偽記載の事実を知る者からその事実を明らかにして審査の資料に供したことはなく、本件訴訟において当裁判所が送付嘱託によつて市選管から取寄せた投票を閲覧検査した原告らが発見しこれを指摘するまでおし隠していたことが認められるほか、折井秀夫は本件選挙当時敦賀市総務部総務課長を兼ねていたが、現職の敦賀市長である矢部智恵夫候補のため訴外小笠原一二に対し同候補の選挙運動員となることを依頼して選挙運動を行なつた形跡のあることは前記六で説示したとおりである。

3  本件選挙における投票に関する書類の義務違反、選挙録への虚偽記載および選挙事務従事者の選挙運動等の各違反事実並びに不在者投票に関する原告ら主張にかかる瑕疵の存在する蓋然性、過剰投票の存在すること等の諸事情からそれら違反事実は本件選挙の管理執行過程での一分野での違反或いはその違反事実のみとして把握し、個別的にそれぞれの本件選挙の結果への影響を検討し、その数字的合計をもつて本件選挙への結果への異動の虞を考察すべきではなく、むしろそれら選挙の規定に違反する各事実と前記諸般の事情を総合して勘案すべきである。そうとすると右の各事実は本件選挙の管理執行に際し、個々別々に互に関連なく生じたものというより、一環となつて互に関係しあつて、生じた現象とも解することができるので、本件選挙が厳正に行われ、選挙の自由と公正が確保されたかどうかについて原告らはもとより一般選挙人が多大の疑惑を抱くことは充分合理的な根拠があるものというべく、その限り選挙の結果に異動を及ぼす虞がある場合に該当するといわざるをえないから本件選挙はこれを無効とすべきものである。

九  よつて、本件選挙について無効とすべき事由はないとして原告梅木参次郎の審査請求を棄却した被告の本件裁決は失当であるのでこれを取消し、本件選挙を無効とすることとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九四条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 西岡悌次 富川秀秋 西田美昭)

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